REPORT お知らせ メディア掲載 2026.10.04

観光客が去ったあと、小さな島はどう暮らしていくのか?

以下、地方創生年会のフォーラム「台日離島連携を動かす」での対談を翻訳したものです。

台湾と日本の離島がつながり、地域が生き続ける道を探す

地方創生は、観光客が去ったあとも、離島での暮らしをどのように持続させることができるのだろうか。

鹿児島県の甑島、澎湖、そして基隆の和平島。それぞれの地域で活動する台湾と日本のチームは、人口減少、観光の閑散期、若者の仕事不足という課題にどう向き合っているのか。島と島をつなぐことで、小さな島が長く暮らし続けられる場所となる可能性を探る。

離島と聞くと、まず「旅」を思い浮かべる人は多い。

夏に澎湖へ行って海鮮を食べ、海で遊ぶ。見知らぬ小さな島を訪れ、古民家を改修した宿に泊まる。あるいは海岸沿いを歩きながら、都市とはまったく異なる風景を眺める。

多くの旅人にとって、島が魅力的に映る理由は、都市ではなかなか見られなくなった暮らしが、そこに残されているからだ。しかし、最後の観光客を乗せた船が島を離れ、観光シーズンが終わったあとも、その場所では人々の暮らしが続いている。

島の住民は、わずか数か月の観光収入だけで、一年を通した暮らしを成り立たせることができるのだろうか。残りの季節も店を開け続けるのか。地域の人たちは何を仕事にして生きていくのか。

こうした問いが、島にとって重要な問題となる。

そこには、私たちが見落としがちな「観光」と「暮らし」のあいだの距離がある。

地域に暮らす人々の生活を見る

第7回地方創生年会のフォーラム「台日離島連携を動かす」には、鹿児島離島文化経済圏の発起人・山下賢太、澎湖県農漁海青年創生協会理事の巫佳容、和平島地質公園運営マネージャーの蔡秋晨が登壇し、それぞれの経験を共有した。

3つの島は置かれている条件こそ異なるものの、直面している問題はよく似ている。地方創生が目指すべきものは、より多くの人を呼び込むことなのか。それとも、もともとそこで暮らしている人、そして新たにやって来た人が、その土地に留まり、暮らし続けられる環境をつくることなのだろうか。

第7回地方創生年会のテーマは「轉(転/めぐる・転じる)」。開催地は基隆。

日本・鹿児島県の甑島が直面しているのは、より直接的な人口問題だ。

山下賢太によれば、集落によっては人口がわずか50人ほどになり、子どもがおらず、商店も1軒しか残っていない場所があるという。空き家は増え続け、一見すれば地域は衰退していくしかないように見える。

しかし、見方を変えれば、それは暮らしそのものをもう一度組み立て直す機会にもなり得る。山下は古い家屋の再生から取り組みを始めた。やがてパン屋や宿泊施設など、さまざまな場所が生まれていった。

しかし、本当に取り戻されたのは「店」だけではなかった。

住民たちは、そうした場所でバーベキューをしたり、サロンや読書会を開いたりするようになった。さらには、かつて演奏していた民俗楽器の復興に取り組む島民たちも訪れるようになった。古民家再生の目的は、観光客が写真を撮り、お金を使う場所をひとつ増やすことだけではない。

そこに暮らす人たちが、集落が本来持っていた機能をもう一度取り戻すことにある。

私たちは普段、地域の発展を「何人の観光客が訪れたか」という数字で測りがちだ。しかし、一つの島が本当に必要としているのは、住民の日常を支える一軒の店であり、一つの仕事であり、そして人と人が出会える場所なのだ。

山下賢太は鹿児島県甑島の出身。故郷へ戻った後、耕作放棄地や空き家などの地域課題に取り組み、その後、豆腐店、パン屋、宿泊、飲食などの事業を次々と展開してきた。

観光シーズンが終わったあと、どう生計をつないでいくのか?

同じような問題を、巫佳容も澎湖で強く感じてきた。澎湖は漁業と観光への依存度が高い。夏には大勢の観光客が押し寄せる一方、冬になると一気に閑散期に入る。巫佳容によれば、多くの産業が「半年働いて、半年休む」という状態になっている。

これは、若者が比較的小さな離島で起業しようとしたとき、最初に直面する現実でもある。島へ戻り、カフェや民宿を開く若者もいる。しかし、1〜2年もすると、島の住民はわずか200〜300人ほどで、観光地としての知名度も十分ではなく、事業収入だけでは暮らしを支えられないことに気づく。

5〜6年間懸命に事業を続けた若者でさえ、「同じ条件なら台湾本島で暮らしたほうが、もっと良い生活ができる」と感じることがあるという。これは、巫佳容が「年年有鰆」を立ち上げた際に、答えを見つけようとした問いでもあった。

彼女はこう語る。

「海洋保全という取り組みを、ビジネスモデルと結びつけてみたいと思いました」

社会的に意味のある仕事をしながら、きちんと適正な給与を得て、島で安心して暮らしていける仕組みをつくる。チームは、観光客に最も馴染み深い「海鮮を食べる」という体験から取り組みを始めた。魚市場のガイドツアーや「魚カード」をつくり、魚が成熟する体長を旅行者に伝え、「大きな魚を獲り、小さな魚は海へ返す」という考え方を広めている。また、これまで捨てられていた可能性のある雑魚などを、魚の標本や環境教育の教材、体験プログラムへと転換した。

そして観光の閑散期になると、活動の舞台を学校へ移す。

現在では、澎湖の9割以上の学校で活動を行うまでになった。澎湖にとって「持続可能性」とは、海を守ることだけではない。観光客がいなくなったとき、仕事まで一緒になくなってしまわない仕組みをつくることでもある。

「量」ではなく「質」を追求する観光へ

一方、和平島が直面しているのは「観光客が来ない」という問題ではない。

蔡秋晨によれば、かつて観光は地域に大気汚染や交通渋滞をもたらし、観光バスが住民の家の軒先に衝突することさえあったという。2018年、チームが和平島地質公園の運営に携わるようになってから、観光と地域との関係を改めて考え始めた。

蔡秋晨はこう語る。

「この場所には、これ以上何かを付け加える必要はない。もともとの姿に戻してあげることが、一番良いのだと思うようになりました」

そのため、和平島は単純に観光客数を増やすことだけを追い求めるのではなく、地質公園そのものを一つの「プラットフォーム」として捉えるようになった。当初4人だったチームは、現在約40人まで成長した。それでも蔡秋晨は、「40人いても、この地域をより良くしていくには、まだまったく足りない」と考えている。

そこで、環境教育、飲食、文化・クリエイティブ産業、海洋レジャー、ダイビング、市民科学など、さまざまな分野の専門家や事業者が加わっていった。セレクトショップでは基隆の17のクリエイティブブランドの商品を扱い、環境教育も体験型プログラムへと発展した。

自然を守ることが、仕事や経済的価値を生み出す仕組みへと変わっている。

観光客そのものが消えたわけではない。むしろ観光客が地域のより多様な場所へ触れるようになり、和平島を訪れた人々が、地域の産業や文化、自然環境へと足を踏み入れる機会が生まれている。

「信頼」こそ、地域発展の土台

では、仕事があり、場所があれば、人は必ず地域に残ることができるのだろうか。3者による対談のなかで、山下賢太は、もう一つ見落とされやすい条件を挙げた。それが「信頼」だ。

山下さんの観察では、甑島へ移住してくる若者の多くは、アイデアも行動力も持っている。しかし、その土地で家族が長い年月をかけて築いてきた人間関係までは持っていない。山下さん自身は甑島で生まれた。地域の人たちは山下本人を知っているだけではなく、「誰の孫なのか」まで知っている。だからこそ山下さんは、自分自身や家族が長い時間をかけて積み重ねてきた自分の顔と名前ではない信用を、外からやってきた若者たちに託して、新しい挑戦を地域の中で始めやすいように努力している。

「僕たち自身、あるいは僕たちが持っている信用や信頼を通して、若者たちが挑戦できるようにする」

と語る。この視点に立てば、地方創生とは単に「若者を地域へ呼び戻すこと」ではなくなる。何十年、あるいは何百年という暮らしの関係性が積み重なった集落へ、一人の見知らぬ人が入っていく。そのあいだには、道案内をする人が必要だ。そして、新しくやって来た人の挑戦に対して、自分が積み重ねてきた信頼の一部を分け渡してくれる人の存在が必要なのである。

小さな島同士がつながり、互いの暮らしを支える

一つの島だけでは、人口も市場も人材も限られている。そこで3つの地域が最終的にたどり着いたのは、よく似た選択だった。「自分たちだけで何とかしようとしない」ということだ。和平島は、基隆の地域チームから沖縄へとネットワークを広げ、かつて琉球の人々がこの土地で暮らしていた歴史を、現代の交流へと再びつなぎ始めている。

「年年有鰆」は澎湖の若者たちとともに農漁海青年創生協会を設立。現在では60人の若者と約40のブランドがつながり、台澎金馬青年節などを通じて他地域との交流も進めている。

そして山下さんは、甑島という一つの島から「鹿児島離島文化経済圏」へと活動を広げ、異なる島々の人材、産業、資源が互いに支え合う仕組みを模索している。島と島がつながる意味とは、おそらく、それぞれの小さな島を「大きくする」ことではない。一つの島が、すべてのものを自前で持っていなくても、そこで暮らし続けられる可能性をつくることなのだ。

次に船に乗り、一つの離島を訪れたとき。私たちが目にするものは、もう単なる「風景」ではないかもしれない。なぜなら、その島がどこまで未来へ歩んでいけるかを決めるのは、「何人の人が訪れてくれるか」だけではないからだ。観光客が去ったあとも、そこで働ける人がいること。そこで買い物ができること。人と人が出会える場所があること。そして、その場所で、日々の暮らしをきちんと続けていけること。

それこそが、小さな島が未来へ残っていくための、大切な条件なのである。

https://esg.tvbs.com.tw/view/society/1670

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