REPORT お知らせ 2026.09.06

あとに残る日々|island company インターン 脇川凱

はじめに

東京に戻ってしばらく経っても、未だに自分のipadに山下商店のipadのパスワードを打ち込んでしまう。ipadに弾き返されるその度に、山下商店のカウンターから見える風景を思い出す。「かいくんは元気かい?」と山下商店に来たおばあちゃんは今日も自分のことを思い浮かべてくれているそうだ。そんな嬉しい連絡が届く。たかが4ヶ月、されど4ヶ月。甑島での日々は、これからの人生のあらゆる場面で思い起こす気がする、あとが残る日々だった。

甑島にいた約4ヶ月、インターンとして、脇川凱としてisland companyで働いて、甑島で暮らしていた。自分と決めた実践や島での人との出会いから日々、貪欲に学ぼうとしたわけだったが、そうして得た気づきの積み重ねを、この振り返りとして改めて整理し、再び新たな挑戦の足場としたい。

OPENDAY-共感-

私は、2025年の11月、初開催となる「island company. OPENDAY」の参加者として、初めて甑島を訪れた。このOPENDAYでは2泊3日の滞在のなかで、island companyのこれまでとこれから、そしてここで働く一人ひとりの世界に触れた。OPENDAYで垣間見たisland companyの姿、島の日常は衝撃的だった。いつか自分もどこかに場所を持つとしたら、とりわけそれが小さな世界であるとしたら、ここにヒントがある、そんな気がして誰かに伝えたくなった。

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特に印象的だったのは、island companyが持つ方向性だった。island comapanyは甑島という、さらに言えば半径400mという、この小さな世界を舞台ではなく出発点としていた。小さな世界に拠点を作るようなところは他にもあるが、どこか川上にいる印象を受ける場所もある。それは、大きな世界から小さな世界を見ているということ。island companyは、あくまで川下から、つまり小さな世界から大きな世界を見ていると感じた。決して華麗ではない、地道で泥臭い日々を積み重ねた先にしか作れないであろうその方向性に敬意を感じた。そしてその方向性に共感した。

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そんなことを考え、2泊3日の見学者を越えて、シマで生きることの解像度をあげたいと思い、インターンとして、そして生活者として再びここに飛び込むことになる。

OPENDAY-仮説-

OPENDAY2日目の夜、私は旅の感想を聞かれ、「何をやるかよりも誰がやるか」と口にしていた。この言葉は、その瞬間では解像度も低く、荒い感想だったけれど、それは率直な想いだった。この言葉の背景には「小さな世界では、肩書ではなく個人が先行し得る」というこれまで島で感じた気づきがあった。どんなにいいものを作るか以前に、問われるのはそれが誰によるものであるのか。そもそもこの場所を任せてもいいと思える人かどうか、一緒に頑張りたいと思える人かどうか。小さな世界では、愛される人であるかが肝心で、そんな場所では自分が誰であるのか、どんな人であるのかはとても大きな意味を持つ。血縁とか地縁はもちろんあるけれど、いかにして愛される人になることができるだろうか。そんな振り返りだった。

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名前を呼ぶこと

そうして始まったインターンで、山下商店の店番として初日から徹底したのは「名前を呼ぶこと」だった。これ以上でも以下でもないほんとうに小さな実践だった。いかにこの限られた時間で「東京からきた大学生」ではなく「山下商店にいるかいくん」と思ってもらえるか。そのために「名前を呼ぶこと」を仮説と検証のように実践した。「東京から来た大学生」を越えて、「脇川凱」という一人の個人として島の人と関わるためには、ただの「島のお母さん」「常連のお客さん」ではなく「〇〇さん」と名前で呼ぶ必要があった。山下商店に来てくれたお母さんに、思い切って名前を聞いてみる。道端で挨拶したおばちゃんに、思い切って名前を聞いてみる。この小さなアクションを徹底してみる。それを数ヶ月続けると、「凱くん」と名前で呼んでくれる人がどんどん増えていった。

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山下商店はただお豆富を売るだけが店番ではない。山下商店に訪れる人と顔を合わせてとりとめもないことを話す時間も大切な役割のひとつ。「今日は何するの?」「身体の調子はどう?」と話したり。なんでもないことを日々話しているうちに、「最近顔が疲れているから」としそジュースを持って来てくれたり。畑の帰りに野菜や果物を持って来てくれたり。「彼女と連絡を取っているのか」と心配されたり。誕生日プレゼントに手作りのお弁当を持って来てくれたり。家から昔の写真を持ってきて70年に及ぶ大恋愛を教えてくれたり。山下商店は、島の人たちにとってお豆富を買いにくるためだけに訪れるのではなく、山下商店に立つ人と顔を合わせるためにも訪れてくれるような場所だった。

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そうやって、山下商店で働くことが私にとって島の人たちと関係性を築いていく土台となった。山下商店で名前を聞いたお母さんと帰りに道端で会って話をしたり。道端で話をしたおばちゃんが数日後に「かいくん」と言って山下商店にお豆富を買いに来てくれたり。お店の中で待つだけ、来た時にだけ接するのではなく、お店の外、暮らしている中で接すること。それは働くことと暮らすことの境界が曖昧な島らしい生き方で、その中で働く人として、暮らす人として関係性を築いていった。

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「名前を呼ぶ」というただそれだけのことを起点に働き、暮らしたことで何が起きたのか。山下商店にいるかいくんと名前を呼び合っている。山下商店にいるかいくんと道端で行ってらっしゃいと行ってきます、おかえりとただいまと日々言い合う。山下商店にいるかいくんがたまに遊びにきてくれるから寂しくない。かいくんがいるから山下商店に行く。そう思ってくれた、伝えてくれた人たちがこの4ヶ月でいたということは、山下商店と誰かの関係性を繋ぐという点で、この数ヶ月で確かに繋ぎ止めることができたと思う。それには何か特別なスキルが必要なわけではなく、いつでも誰でもできる再現性のある実践だった。

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つたなさを愛すること

甑島に来てすぐ、意識しようと決めたもうひとつの実践は「つたなさを愛すること」だった。自分に自信がなかったり、自分の作るものを肯定することができないという葛藤から出た言葉だった。できない自分も含めて、まずはそこにしかいない自分と向き合うことが必要なのではないかと思い、実践してみた。「何か挑戦の機会があった時、上手くいかないかもしれないけどやってみる」つまり「できない自分に出会うこと」という小さな実践を心がけた。このインターン期間を通して、新しい環境で働いて、暮らして、勉強する中で、声をかけてもらった時、何か挑戦の機会があった時、まずはやってみる。そうすると、勿論うまくできないことに向き合う場面に出会う。これまでの自分は自分自身がいかにできない自分と向き合うのかばかり考えてきた。でもこの4ヶ月でつたない自分に出会った時、そこにいる自分を受け入れたのは自分ではなくて周りのこの環境だったように思う。つたなさを愛してくれる環境がここにあった。

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このインターン期間では、自分のつたなさを前提としつつも、声をかけてもらって自分に任せてもらえたことが沢山あった。例えばそのひとつはオソノのメニュー作成。プロが作ればもっと早くもっと綺麗にもっと質のいいものができるはず。それでも自分の書く言葉や感性、自分が作ることの価値を信じて一緒に作ろうと言ってもらえた。

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例えばシマバルの担当。島に来たばかりで島の人たちと関係性が薄い自分ではなくて、島に繋がりのある人がお店に立っていたらもっと人は来やすかったかもしれない。それでも自分がお店に立たせてもらった。どうやったらシマバルが誰かに届いて、ここまで足を運んでもらうことができるのか。何をやったらいいか分からなかったり、悔しさを感じる中で、試行錯誤を繰り返して、自分だったから呼ぶことができた人、自分だったからできた場を楽しんでもらうことができた。

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一瞬の出来事でいうなら、OPENDAYの写真を撮るときの無茶振りもそうかも知れない。何もせずともあの場では写真を撮ることはできた。それでも何かにほんのり期待して無茶振りをしてもらった。集合写真を撮る直前、「焼き芋焼いて!」のかけ声に反応した自分はカメラを置いて、山下商店で焼いている安納芋の焼き方をみんなに伝授し始めた。けんたさん直伝の焼き方を長尺でお届けした。ただ普通に撮ることもできた、けれどただ撮っていたら引き出せなかった表情を引き出すことができた。

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上手くいかないかも知れない。得意なことではないかも知れない。それでもつたなさを前提として、そこにしかない自分にしかできないことを、ほのかに期待して、何か変化が起こるチャンスをくれた気がしている。islandcompanyは自分にとって、上手くできない自分にも向き合い、時間をかけてくれる場所だった。そしてそれはどこにでもある当たり前の環境ではない。つたなさを愛するということは、できないことはそのままで、変わらなくていいということを言っているのではなく、できない自分を一度受け入れるということ。逃げずに向き合い、受け入れることができたら、できないからやらないではなく、それでも何かが起きると期待してチャレンジすることができる。そのチャンスに気づいて、拾いとることができるかどうか。上手くいかないかもしれないと思ったとしても飛び込んでみる。その機会やそこに飛び込ませてくれる環境がここにあった。そんな環境、場所に身を置いたことで、自分に大きな変化があった。

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これまでの自分は、できない自分は恥ずかしいとか、自分は何ができるのかを見せようとしていた。でも本当は、自分ができること、得意なことだけが自分を表現するものではないはず。できないこと、苦手なことからも自分の輪郭は見えてくる。上手くいかないことも含めて自分であるということ。そしてそれは見せてもいいものだとisland companyでのインターンを経て思うようになった。

つたなさを愛することを目標にした中で、自分よりも先に自分のつたなさを受け入れてくれる場所がここにあった。そんな場所で、らしさが耕され、自分の中にあった自分らしさの定義は大きな変化を見せた。「上手くいかない自分も見せること」。これはきっと愛される秘訣かもしれない。誰も完璧な人には興味は湧かない。一緒に頑張りたいと思ってもらえる、愛される人はきっと不完全な人で。上手くいかないことを見せるという次なる実践は、きっと自分が誰であるかをこれまで以上に遠くへ届けてくれる。

伝えることの先に

この4ヶ月、プレゼンテーションをする機会が何度かあった。それは自己紹介のようなものであったり、働いていることの紹介のようなものであったり、振り返りのようなものであったり。社内に向けたものであったり、OPENDAYで迎える側として参加者に向けたものであったり。プレゼンとは何だろうか。テーマがあるもの、テーマがないもの、目的が明瞭なもの、よくわからないもの。いずれにせよプレゼンは、日々、考えていることの一瞬の現れでしかない。一瞬の現れでありたい。大きな場であればあるほど、その方がかっこいいし、そうありたいと思ってきた。だから、島での最後のプレゼンの後に受け取った、人生はプレゼンテーションだという言葉に共感した。どんなに小さな選択にも、その人となりが現れる。たとえそれが無意識だとしても、全てに自分の人生が乗ってしまうのだ。つまり、未完成でも、綺麗でなくても、小さな選択だとしてもプレゼンとして受け取ることができる。逆に言えば、自分がプレゼンだと思っていないような些細な行動も、普段から自分が考えていること、大切にしていることの一瞬の現れとして、誰かに伝わってしまう。そう考えると、気が抜けずに窮屈にも感じるかもしれない。それでも、説明資料を使って語りかける「いわゆるプレゼン」も日々の小さな「実はプレゼン」も、どちらも自分を伝える(伝わる)ものであるという意識によって、伝えること、プレゼンそれ自体のハードルは低く据えることはできないだろうか。「日々、プレゼン」の精神は、伝えることに対して軽やかでいれる気がする。

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その上で、伝えたものが伝わるものであるかについて私は意識的でなければいけない。それは自分はアーティストではなくデザイナーになりたいからであって、彫刻ではなく建築を作りたいからであって。伝えることそれ自体に満足せずに、それが伝わるものであるか、さらに言えば伝わった先に、いかに共感を生むことができるかを考えたい。これまで自分がいわゆるプレゼンをする際に受け手にいたのは、自分と興味関心が近い、ある程度似たような世界の見方を持っている人たちだった。だから特別に意識せずとも伝わってしまっていた。このインターン期間でのプレゼンを通して貰った言葉から、これまでの自分が伝えることに満足してしまい、伝わる意識が不十分だったと気づいた。内輪に閉じずに、異なる背景、異なる世界の見方を持っている人たちの中で伝わるものを作りたい。伝えるものが伝わるかどうかは、AがAではないかもしれない場で、いかに相手との共通言語を持つことができるかだと思う。その共通言語は、言葉かもしれないし、画かもしれないし、音かもしれないし、模型かもしれないし、ユーモアかもしれない。日々の小さなプレゼンから、伝えること自体ではなく、伝わることを目的に切り替える。伝える先にいる相手は、自分ではないとやっと気付いた。

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おわりに

この4ヶ月、自分自身の挑戦や葛藤に向き合うだけでなく、様々な葛藤に立ち会うことができた。それは守りたいものがあるから生まれる葛藤で、場所を持たない者が経験することのできないものだと思う。24年間生きてきた中で、こんなにも誰かの心の動きに触れた経験は無かった。自分のつたなさを受け止めてくれただけでなく、つたない姿も曝け出してくれたことに本当に感謝している。側から見れば、足踏みにも見えるであろうこの休学期間は、自分と出会ってくれた全ての人のおかげで、自分がどんな人であったのか、どんな人であるのか、どんな人でありたいのかを知る時間になった。愛される人を目指した、問いと仮説と実践の結果、自分を知り、また新しい問いや実践に繋がった。この4ヶ月で見たものや貰った言葉、過ごした時間はまだまだ消化できていない。これからもずっとあとに残る。

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