COLUMN お知らせ 社長コラム 2026.03.14

介護3.0的集落再生

介護3.0を提唱している介護クリエイターの横木淳平さんを訪ねて、先日、甑島の診療所を離れたばかりの室原先生ファミリーと、カンボジアから戻ってきたばかりの下甑島のコミュニティナース小林 恵さんと合流して、栃木県まで弾丸で視察に行ってきました。

https://kaigo3.net

どうしても「老人ホーム」という響きも、言葉が持つイメージも好きになれないし、なんだか人生の最期を過ごす場所にしたくないとずっと思ってきた。たくさんの多様性が認められる社会になって、たくさんの生き方が有るけれど、人と人とのつながりが希薄になっていく時代のなかで、

死に場所は、多くの選択肢からは選べない世の中になってきつつある。病院のベッドか、老人ホームのベッドか。。。なかには、介護サービスさえない島もある。死にたい場所で、死ぬことが叶わない島という地理的環境の現実は、特に切実だ。

限界集落、過疎地域、へき地、離島。そこで生きたいと願うひとびとの支えになるものは、何か。そのヒントを得たくて介護3.0の現場にいってきた。

職種の壁はなく、ナースもケアマネも風呂に入る。厨房職員も担当する利用者がいるといった具合に専門職の縦割りを緩めて、当事者としての視座があがる仕組みづくり。

大胆にも業務マニュアルは、ない。けれども放任ではなく根拠は求められる。現場が言われた通りに動くのではなく、自ら考える余地を持つ。それをビジョンと役割で支えているようだった。共通の山頂を見ながら、その登り方は、現場で調整できる組織なんだとおもった。

でも、現場は時に大変だけどね、
と淳平さんが笑っているのをみて、
なんだか安堵した。

福祉施設にあるような、柵や塀もなく、玄関や入り口となる窓があちらこちらにあるどころか、バスケットコートやスケートボードパーク、カラオケ、ゴルフの練習に、畑に、パン屋さん。地域のひとたちが、気軽に訪れており、ここには「壁」がない。

私は、「老人ホーム」という心理的な大きな壁がないこととマネジメントの在り方にひどく感動した。ひとが施設内にはいる理由を、面会や福祉以外に設計していることは、ここのマネジメントの在り方なんだと思った。リスクを回避したり、排除したりする管理型のマネジメントではなく、リスクと対峙し、よりよく生きていく可能性に向き合うマネジメント。

福祉施設という「場の構造」を変えることで、行動が変わり、あとから意味が追いついてくる。それは、入居者にとっても、施設ケアのクルーも地域住民も。日本の福祉行政における「福祉」という文脈をすでに、越えていた。

あったらいいな、
こう在りたいな。

を徹底して、人を想い。安心と安全がまったく違うもので有ることを知り、寄り添うことの原点に立ち返りながら問いを立て続け、根拠をもって現場で意思決定していく凄まじさよ。

高齢化の進む日本の過疎地域や島々のこれからのために、自分にできることがあるだろうか。有るとしたら、それはなんだろうか。また新しい未来のぼんやりとした目標の輪郭が見えてきたような気がしてる。今回、視察を受け入れていただきました、介護付有料老人ホーム新の皆様、特養老人ホーム栗林荘の皆様に、心から感謝いたします。また、離島の介護施設で介護者を支える多くのみなさんにも改めて頭が下がる想いです。

限界集落の最先端のような甑島における地域福祉だって、よりよい未来に向かっていくと信じながら、自分にできることをひとつひとつ積み重ねていきたいなぁと島への想いを寄せていたところ、、、甑島のオソノベーカリーに明日のランチの予約をしに立ち寄ってくれた集落のばあちゃんたちの写真が送られてきてホッとした。

介護3.0の在り方は、未来の小さな集落運営そのものかもしれない、、、

わたしたちは、当事者のひとりとして、施設をつくらずとも、暮らしの延長でできることもまだまだあるとおもうのです。在宅医療や福祉などのケアの世界と、私たちの暮らしの世界は縦割りで分断されているように思います。island companyは、次の島の100年の風景をつくるために、まだまだやらねばならぬことがありそうです。

さて、鹿児島に帰ります。

書いた人

山下 賢太

代表取締役

山下 賢太/ KENTA Yamashita

Share LINEでシェア