REPORT 2024.04.19

きびなご漁師がつくる、新しい定番土産「めしの素」

海聖丸
日笠山 了盛さん・佳代さん

銀色の体に青色の帯模様が美しい全長10cmほどの小柄な魚、きびなご。鹿児島の郷土料理には欠かせない魚です。鹿児島の中でも甑島はきびなごの最大の漁場。全国の水揚げ量の20%以上を占めているといわれています。

そんな甑島を訪れたら、きびなごを食べてお土産に持ち帰りたいもの。きびなごを使った商品もたくさんありますが、その多くは要冷蔵・冷凍。「持ち帰るのが大変」という観光客の声を聞き、動いた一人のきびなご漁師がいます。きびなご漁船「海聖丸」の船長 日笠山 了盛(ひがさやま りょうせい)さんです。妻・佳代(かよ)さんと二人三脚で、常温の持ち運びが可能な商品開発に乗り出しました。

きびなご漁師だからこそ、きびなごの美味しさにこだわった商品をつくりたい。2人が「揉めに揉めた」と、口を揃えて笑顔で振り返る完成までの道のりについて話を伺いました。

きびなご漁師と海鮮焼き屋の二足のわらじ

上甑島の漁師の家で生まれ育った了盛さん。進学のため甑島を離れ、卒業後は様々な仕事を経験。養殖会社で働いたことをきっかけに、甑島へ戻り漁師になることを決意します。看護師をしていた佳代さんと結婚し、子どもが生まれた25歳の頃でした。従兄弟のきびなご漁船で経験を積み、4年ほどして独立します。

「漁師を辞めとった親父を引っ張りこんではじめた船が海聖丸。名前はそのとき海渡(かいと)と聖(せい)の2人の息子がいて。聖は何事も極めるという意味があるっていうのを調べて、“海を極める船になりたい”という思いで付けました」。

真夜中に行われるきびなご漁。

漁の中心はきびなごですが、合間に鯛など他の魚も一本釣りをします。さらには牡蠣養殖や定置網から、観光客向けの磯遊び体験の提供まで、きびなご漁師の枠を超えて様々なことに挑戦。磯遊び体験のお客さんがバーベキューで魚介を様々な食べ方で楽しむ姿を見て、2016年7月に漁師が営む海鮮焼き屋「こしきの漁師家 海聖丸」をオープンします。

「最初は釣ってきて仕込んで、自分で店もやっていたけど大変で、途中からとてもじゃないけどできんわってなって。すぐだったね、(佳代さんに)看護師を辞めてくれんか?って」しばらくして、佳代さんも店を手伝うように。漁師自ら獲れたての魚介を提供する場所ということで、たちまち話題になりバスツアーなどの団体客も訪れ繁盛しています。

商品開発への挑戦

左から「天然きびなごのからかけ」と「天然きびなごのお刺身」。瞬間冷凍できる機械を使うことで、傷みやすいきびなごを獲れたての鮮度のままお届けします。

「いろんなものが浮かぶんです。店をするのも浮かんで、商品も浮かんで」。

漁に店に忙しくても、了盛さんの勢いは止まりません。甑島の魚をお土産に持って帰ってほしいという思いから、商品開発に着手します。「新しくいい機械が出たと聞いて浮かんだんです。商品開発ができれば、どこでも甑島の魚を美味しく食べてもらえる」。

一体どこで機械の情報を得たのかと思ったら、「(了盛さんは)なんでも読むのが好きで。いろんなものを読んで、情報を得すぎ(笑)」と、佳代さんが了盛さんの勉強家な一面を明かします。「水産試験場とか行ったらいろんな機械があって、あれがある!これもある!って勉強して、県の方とやりとりしていたらいろんな情報をくれて。いろんなものがつながってね」(佳代さん)。

甑島では冷蔵庫がなかった時代、鮮度の維持が難しいきびなごを塩漬けにして保存していました。塩漬けのことを「からかけ」と呼び、いまでも主に酒のつまみとして食べられています。

こうして最新の小型冷凍設備を導入し、「漁師の沖漬け」や「天然きびなごのお刺身」、「天然きびなごのからかけ」などの冷凍商品を開発することになりました。

魚を余すことなく使った「めしの素」

導入したレトルト釜。パックに入れた食品をこの機械に入れて加圧加熱殺菌を行うことで、長期間の保存ができるようになります。

しかしこれだけでは満足しないのが了盛さん。「『甑島に来たら魚が買いたいけど冷凍物ばっかりで、ぱっと持って帰れるものがない』とバスツアーのお客さんから聞いて。なんかできんかねーって言ってたら、小型のレトルト釜ができたっていうのを聞いて」と、再び水産試験場を訪れてレトルト食品を製造するための最新機器を体験。この機械を導入して、甑島の魚を使った炊き込みご飯の素「めしの素」の開発を思いつきます。

魚はきびなご、鯛、鯖、くろ(メジナ)の4種類。どれも海聖丸で獲っている魚です。

レトルト釜さえあれば簡単にできる。そう思ってはじめたら全然違ったと、了盛さんは苦い顔で振り返ります。「出汁が一番揉めて。もっと早くできるはずだったんだけど、結局3年かかった。繰り返し、繰り返しで」。

「調味料の割合とか入れるものとか、ほんの1ccで味が全然違う」と話す佳代さんには、了盛さんとはまた違う思いがあるよう。「私が、味をやり直してやり直して。でも了盛さんが『こうしたら?』って言ったのを試したら美味しくなって。そのときは嬉しいという気持ちより、悔しいの気持ちの方が強かったです(笑)」。

4種類の魚の中でも、最も苦労したのがきびなご。「きびなごの出汁がなかなか出なくて。『きびなごの出汁は出ないもの』って言われていたけど、きびなご漁師が作るものだから、きびなごのご飯は諦められない。」(佳代さん)。そんな思いから試作を続けます。

辿り着いたのは、出汁に使うきびなごの量を増やすこと。「きびなご漁の網って縦に1枚になっていて、そこにきびなごが刺さる。だけど鯛なんかがおったら食われてしまって、半分になったりしたきびなごが混ざる。今までは振り落として捨てていたけれど、そういうのも全部拾って出汁にして」と、大量のきびなごをフードドライヤーで乾燥させて、粉砕機で細かなパウダー状に。骨までまるごと出汁に使うことで、無駄なく濃厚な出汁をとるという秘策をひねり出します。

全部出汁にするのは、きびなご以外の3種類でも同じです。鯛、鯖、くろ(メジナ)は、エラとヒレだけ取って、あとは骨も目もすべて粉にして出汁に。「これまで残ったところは自分たちのご飯にしていたけど、余すことなく使うので家族にまわってくるものがなくなった(笑)」と言うほど、全てきれいさっぱり使い切ります。

あまりの試作の連続に、もう食べたくない!と思った時期も。商品完成後の取材の日も、朝ご飯は冷凍庫に残っていた試作のきびなごご飯だったそう。

ふっくらとした魚の身がたっぷり入っているのも、「めしの素」のこだわりの一つ。身は甑島の海洋深層水に漬け込んで下味をつけています。「海洋深層水に漬けると、普通の塩でするより美味しい。干さないで生で漬けるから、日干しの塩漬けとはまた全然違って。だから『めしの素』の魚たちも海洋深層水に漬け込むことにしました」(佳代さん)。

時には行き詰まった2人を助けたのが息子さんの存在でした。「2番目の息子が食事とかにも興味があって。『これしてみたら?』とか息子の一言で違うことが浮かんだり。それがまた大きかったです」(佳代さん)。家族みんなで食べて食べて、また食べて。自信をもって美味しいと言える「めしの素」が誕生しました。

次の世代へ、次の挑戦

現在、了盛さんは49歳。お父さんは病気のため船を降り、大学生の息子さんが帰省中は漁を手伝います。

漁から飲食店に、商品開発まで。了盛さんがどんどん新しいことに挑戦するのは、息子さんたちへの思いもあるそうです。「息子たちがいつか帰ってきたときのために。帰ってきてもこういうのがあるから大丈夫だよって。いつかバトンタッチができたら」。

現在は、「めしの素」の次はエビの殻まで食べられるアヒージョを開発。きびなごの粉末出汁の商品化も考えているんだとか。

家族のために、家族でつくる。海聖丸の挑戦は、これからも続きます。

夫婦漫才のようにテンポのいい掛け合いを楽しく聞かせていただきました。

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