もう辞めろ、

島に生きるひと

2010年10月07日

もうやめろ。
そう言われて、本当にやめようかなって思った。

農業学校へ通ったわけでも、農業研修をうけたわけでもない僕には、誰から何を言われたとしてもつらかった。この島に農業のプロはいない。

僕が島に帰って間もない頃、ある役場職員からいわれた言葉。僕は、正直腹が立った。この島では農業が確立していないことはわかっているけれど、それでも目の前で腰を曲げて土を耕しているおじいさんやおばあさんたちがいることは忘れたのだろうか。

なぜに無いものをねだるのか。どこを見ているのか。

その時は、反抗する術も持ち合わせていなかった。
ただ笑って、へへへって。悔しかった。

一方的に提案と強制ばかりが繰り返される。いままで何人の若者たちが夢を諦めただろうか。島を離れていっただろうか。僕は思う。彼らは島を見捨てたのでもなく、逃げ出したのでもない。一度は帰ってきたふるさとにそれ以上、とどまる理由が無かったのだ。

これからの島を考えるとき、その事実は決して無視されてはいけないはずだと僕は思う。地域社会では、はじめから答えが決まっていることは多く、こうでなければならないという型も決まっている。

そういった状況の中で、社会的な弱者である若者たちが逃げ場もなく、本音など話せるわけもないのだ。ただでさえ少ない島の若者、以前とは比べものにならないほど一人ひとりの負担は大きくなっている。

若い奴らは人の言葉に耳を傾けないという。おそらく、僕もそう言われているひとりだけれど、
たぶんそれは少し違うと思った。最近の若者は・・・

本当に耳を傾けないのは、一体誰なんだろうか。

いつも笑ってていいね、あんたは自分の好きなことして悩みなんかないでしょ?
僕は、ないと云った。何一つない、と強がった。ある、と言ったところでそれさえも羨ましがられるのだから、初めから話にならないのはわかっている。

やることが多くても、決して順風満帆とは言えない毎日を送っていて、いまの気持ちを繋ぎとめるものは何なのか、僕を島にとどまらせる理由は何なのかって考える。跡継ぎでもない自分が島に帰ってきたこと。ここに家庭があるわけでもない。仕事があるわけでもない。時間は一刻一刻と過ぎていく。腰のヘルニアも痛む。

ひとりで靴下を履くのも、玄関で靴を履くのだって必死になってもがいてる。

僕はひとりでバカをみているのかもしれない。見ているとすれば、いつまでバカを続けるのだろうか。おそらく、長くは続けていられないことを自分が一番知っている。なんと言われても構わないが、この島にとどまる理由が無くなったとき、僕もこの島を離れるに違いない。

ヤマシタケンタ

ヤマシタケンタ

1985年鹿児島県上甑島生まれ。JRA日本中央競馬会競馬学校を中退したのち、キビナゴ漁船の乗組員を経て京都造形芸術大学環境デザイン学科地域デザインコース専攻。故郷をもっと好きになりたくて島に帰る。東シナ海の小さな島ブランド株式会社の代表取締役兼百姓を務める。

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