点+線をつなぐ

島に生きるひと

2011年05月26日

Back Camera

「デザイナーってのはね、職業じゃなくて生き方のことを言うんだよ。」

学生時代の恩師が、僕に与えてくれた言葉。デザイナーになりたい、建築家になりたい、アーティストになりたい。夢に溢れた若者たちの多い大学で、僕は悩んでいた。ジブンは何者か、ってこと。ジブンの夢ってなに?やりたいことって?

・・・何者にもなれない自分が悔しかった。

自分は「何者か?」の問いに、最近の僕は応えようとしなくなった。なんだか言葉にすればするほど、自分の言葉足らずさが、思っている以上に自分という人間を薄っぺらく感じさせてしまい、自分自身にガッカリするからだ。誰かと、何かと、他人のものさしで自分を比較していると、たまには弱気にもなる。

にんげんだもの みつを (笑)

自分で、自分が何者かを見つけるよりも、
周りにいる仲間に感じてもらう方がよっぽどリアルな僕の姿なのだと思う。

肩書きが必要なときは、自分のことを百姓という。でも、ある人は僕をデザイナーと呼ぶ。

僕が何をデザインしていると思ったのかは、その彼に聞いて欲しいと思うが、デザインと呼ぶものには常に対称がある。それは、人なのか、ものなのか、ことなのか、環境なのか、過去なのか、未来なのか。ポスターなのか、生き方なのか。甑島に関するあれこれをしているうちに、自分が何者かであることはますます分からなくなった。

でも、それでいい。いまのところ、それでいい。

自分の進むべき方向には、百姓という言葉が腑に落ちている。ひとつのことができるだけでは百姓はダメで、天気のことも土のことも、種のことも、見えない細菌のことも、人間関係のことも。手伝ったり、手伝ってもらったり。あしたのことも、きのうまでのことも。そのすべてがひとつに繋がっているから、たくさんの「点」みたいなものを大切にしていかなきゃ、大きな収穫はできない。

それは、どんな仕事でも同じことだ。

僕がこのまま農業を生業として暮らしていたいかといえば、それは違う。もちろん、美味しいお米をつくりたいし、美味しい野菜をつくりたい。そのための努力もしていく。でも、自身のやるべき姿はそこではないような気もする。僕がやるべきことは、僕自身がおいしいお米をつくって「ありがとう」と言われることではなく、「ありがとう」と言われるひとを増やしていくこと。

だから、いま僕が甑島を舞台にあれこれとしているのは、この島に可能性という希望の種を蒔いているにすぎない。わかりやすくはないけれど、きっと、そういう百姓になりたいんだと思う。

ヤマシタケンタ

ヤマシタケンタ

1985年鹿児島県上甑島生まれ。JRA日本中央競馬会競馬学校を中退したのち、キビナゴ漁船の乗組員を経て京都造形芸術大学環境デザイン学科地域デザインコース専攻。故郷をもっと好きになりたくて島に帰る。東シナ海の小さな島ブランド株式会社の代表取締役兼百姓を務める。

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