はじまりの前に

島に生きるひと

2013年05月09日

とうふ

2013年5月11日(土)am6:00
いよいよ山下商店(みやげと豆腐)の甑島本店が(薩摩川内市里町里53番地に)オープン致します。
その新たなはじまりを前に、なぜ今豆腐屋なのかを改めて立ち返っておきたいと思う。

こどものころ、我が家の並びの二件隣が左右どちらも豆腐屋だった。
午前6:00 眠たい目をこすりながら、僕は豆腐を買いにいく。
蒸気があがる豆腐小屋を、ちょっぴり高いガラス窓を背伸びしてのぞいたおばさんの
丸みを帯びたふくよかな背中。間近で感じる、働く大人の大きな背中。

家に帰ると、出来たばかりの豆腐で母親が味噌汁をつくる、台所の湯気と包丁の音。

どちらの豆腐屋も気がつけば店を閉めていた。

18歳の春、大好きだった小さな港がある道路工事で姿を変えるー

どこからともなく人々が集まってくる小さな港のアコウの木の下には、
たしかな島の日常があった。破れた網を繕う漁師。

夏になると、決まってどこからか鹿児島実業、甲子園出場のラジオが流れている。
島の猫たちは毛繕いをし、島のこどもたちが祖父母に手をひかれ夕涼み。

なんでもない特別な日常を失うことと引き換えに、
ひとつの工事で私たちが手にしたものは、
厳しい島の暮らしを生き抜いて行くためのわずかなお金でした。

地域の経済が衰退していけばいくほど、
脈略のない方法によって集落(ムラ)の風景がつくり替えられていく。
次第に集落の中から、モヤウ(集う)場が消えて行く有り様を
今の時代に生まれた僕らは、静かにみてきたように思う。

井戸の水汲みやもの洗い川、アコウの木の下、たまいしの海岸線、シノーゴヤ。
島の日常には、何かを言い訳にして誰かに会いに行く、そんな場面があった。

どんなに大切なものや場も、
社会の仕組みのなかに位置づけられていなければ、
それらを継続して守っていくことは難しい。

ひとともの(環境)とお金。

これからの島を考える自分にとっての使命は、
失われてきた集落の風景を再構築していくことではないだろうか。
決して昔のような島の姿に戻すだけではなく、
移り変わって行く時代のなかにあてはめて甑島の今を取り戻して行くこと。

風景の先にあるものは人々の暮らし。生業。知恵。生き様。
その他にもいろんな風景がみえてくる。

人々の生きる風景に想いを馳せながら、
僕はひとりの大人として、決して大きくはないけれど、ひとりの島びとの背中を
この場所からこどもたちに伝えていきたい。

いつの日か、この場所が、とうふをいいわけにして誰かに会いに行くそんな日常の場所に
なれたらいいなと考えている。特別ではないふつうの風景になりたいと思う。

とうふや開業を前に今、想うこと。

ヤマシタケンタ

ヤマシタケンタ

1985年鹿児島県上甑島生まれ。JRA日本中央競馬会競馬学校を中退したのち、キビナゴ漁船の乗組員を経て京都造形芸術大学環境デザイン学科地域デザインコース専攻。故郷をもっと好きになりたくて島に帰る。東シナ海の小さな島ブランド株式会社の代表取締役兼百姓を務める。

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