島の食卓展から2年

島の食卓

2014年06月05日

しんぬうら

今から2年前、この会社(東シナ海の小さな島ブランド株式会社|通称 island company)を創業してまもない頃のことを思い出した。自分にとって初めてともいえる甑島に関連するブランディングのシゴト。

それが、「島の食卓展」だった。鹿児島市にあるマルヤガーデンズで開催されたこの企画。700名以上の来場者の多さに感動した。毎日毎日、会場を訪れてくれるお客様に感動した。甑島列島に生きるひとびとの協力があって開催できた。

そのとき、何十回も何百回も会場でリピートされていた映像「島に生きる」がここにある。
あれから2年経った今でも、しっかりとわたしの心に焼きついている。

皆さんにもみて欲しいと思う。
この映像を製作してくれたのは、鹿児島の映像作家 小久保葵 氏。いつもは、あおいちゃんと呼んでいる。あおいちゃんとは、GOOD NEIGHBORS JAMBOREEという音楽フェスで初めて出会ったのだけれど。その日は大雨で、彼女は友人のフォトグラファー コセリエさんと一緒に、小走りで私たちのいるテントに雨宿りにきた。彼女は、あのとき帽子をかぶっていて、お気に入りの帽子を脱いだ髪型がきのこみたいだったので、今日のことは忘れて欲しいといった。後日ちゃんとした頭の日に再会したとき「はじめまして」彼女は確かに、そういった。

今、この記事をみて赤面しているだろう(笑)

唄を歌ってくれたのは、武者ドレッドの大竹秀信さん。みんなからジャンさんと呼ばれている。去年の10月2日(通称 とうふの日)のイベントで、パーカッションの肥後さんとふたりではるばる甑島まで来てくれた日のことを思い出す。とても素敵な夜だった。ジャンさんの魅力は、歌声を聴いてもらえるとわかる。魂が震える、そんな歌をうたうひとなのだ。

コチラは、予告編

コチラが、本編です。

ここに登場した甑島の人々は、ほんの一握りの方々ですが、それでも、なんだか誇らしく、豊かで、しあわせに満ちあふれているような地域本来の姿があるような気がします。地域おこしとか、活性化とか、やはりそれは、結果に過ぎないのですよね。プロセスの中で、人は日々生きて行く。そんなことを改めて考えさせられました。僕らは、まだまだ成長して行ける。

記憶にのこる展覧会。
島の食卓展、いつかまたやりたいな。

ヤマシタケンタ

ヤマシタケンタ

1985年鹿児島県上甑島生まれ。JRA日本中央競馬会競馬学校を中退したのち、キビナゴ漁船の乗組員を経て京都造形芸術大学環境デザイン学科地域デザインコース専攻。故郷をもっと好きになりたくて島に帰る。東シナ海の小さな島ブランド株式会社の代表取締役兼百姓を務める。

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